無権代理による取引(権限のない代理人が行なった契約など)は、有効な代理行為ではないので、本人に対する関係では当然に無効であるだけでなく、無権代理人に対する関係でも無効となるはずである。しかし、仮に無権代理による取引が常に無効であるとするならば、取引の相手方の保護に欠け、代理制度そのものへの信頼が失われかねない。
そこで民法では、無権代理による行為が本人に対する関係で無効と判断された場合には、無権代理人自身が取引を履行し、または相手方の損害を賠償しなければならないと定めている(民法第117条)。これは、法律によって無権代理人に特に重い責任を負わせたものであるということができる。
具体的には、本人が無権代理人の行為を追認せず、かつ無権代理人が正当な代理権の存在を立証できない場合には、取引の相手方は、取引を履行し、または損害を賠償することを無権代理人に要求することができる(民法第117条第1項)。このような無権代理人の履行責任・損害賠償責任は無過失責任である(つまり、無権代理人に何ら落ち度がなくて無権代理人として行動したとしても、これらの責任を負わなければならない)。
このような重い責任を無権代理人に負わせる反面として、取引の相手方は、善意無過失であることが必要とされる。つまり、代理権限がないことを知っていたか、または不注意により知らなかったような相手方は、無権代理人の履行責任・損害賠償責任を追及することはできない(民法第117条第2項)。
(この点につき、取引の相手方は軽過失があっても無権代理人の責任を追及できるという学説があるが、判例は取引の相手方には無過失を必要としている)
なお、上記のような民法第117条の無権代理人の責任は、不法行為責任を排除するものではない。従って、無権代理人が故意または過失により無権代理人として行動し、相手方に損害を与えた場合には、相手方は民法第117条の無権代理人の責任と民法第709条の不法行為責任のどちらでも追及することができる。