1950年創設の住宅金融公庫は、日本国民の住生活の向上、住宅の量的充足と質の向上を目指し、政府の住宅政策の推進を図るため、長期・固定・低利の個人向け住宅建設・購入資金の融資等を行なっていた。この融資の中で最も中心的な役割を担っていたのが、公定歩合に連動し、最も優遇されていた基準金利による住宅融資である。
高度成長時代には、産業金融の需要がひっ迫しており、民間の銀行等は、個人向けの住宅融資について必ずしも積極的ではなく、個人、特に勤労者の住宅建設・購入資金の調達は困難であった。住宅金融公庫は、こうした需要に応えるとともに、個人向け融資を行なうに当たって、融資対象となる住宅の仕様を技術基準によって詳細に定め、諸外国に比して劣悪であるとされていた日本の居住水準を向上させる政策的な役割を担っていた。公庫による政策融資は、国の「住宅建設五箇年計画」においても重要な役割を担っており、年間の住宅建設戸数の過半を占めていた時期もある。
以上のような意味で、「公庫住宅等政策融資技術基準」に定められる基準金利適用住宅の仕様は、国が推進する個人住宅建設のいわばスタンダードとして位置づけられてきた。
例えば、時代が進み、住宅の量的充足から質の向上が求められる時代に入ると、耐久性やバリアフリー、省エネルギー関係の項目について仕様に取り入れたり、融資限度額を引き上げたりすることによって、政策的な誘導が図られた。
2007年に住宅金融公庫が廃止され、個人向け住宅融資に関する制度はなくなったが、後継組織として独立行政法人住宅金融支援機構が設立され、民間住宅金融の支援・補完の仕組みであるフラット35や賃貸住宅向け融資において、政策金融が引き続き行なわれている。